私はWordマクロを翻訳で活用する方法を長年研究してきて、このブログで公開してきました。一部はアドインとしてパッケージにして提供・販売をしています。
このようなツール開発をする中でずっと大切にしてきたことがあります。
これが、「2秒×1000回=30分」というコンセプトです。
私はこのコンセプトを2012年のJTF翻訳セミナーで初めて使い始めました。Wordマクロの楽しさや便利さを伝えるためのキャッチコピーを考えていた時に思いついた言葉です。
- 2秒×1000回=30分のなぞ ~翻訳業務でのWordマクロ活用とWordのチューニング方法~ (2012年 東京)
- 2秒×1000回=30分のなぞ ~翻訳業務でのWordマクロ活用とWordのチューニング方法~ (2014年 大阪)
最近のニューラル機械翻訳支援ツール「GreenT」もこの「2秒×1000回=30分」の考え方を大切にして開発しています。
改めてこのコンセプトを説明します。
2秒×1000回=30分 とは?
私たち翻訳者の日々の業務には、小さな繰り返し作業がたくさんあります。業務内容を最小単位にまで細分化したときにこの繰り返し作業が見えてきます。
私は、この繰り返し作業のうち自動化できる作業をマクロにして、その作業をボタンやキーボードのショートカットキーで実行することを提案してきました。
このようにすることで、これまでは「キーボードから手を離してマウスを持ち、操作のために数クリックをして実行していた作業」を「キーボードのショートカットキーで瞬時に実行できる作業」に変えられるのです。
正確に動くマクロであれば、処理結果は信頼できますし人間が行うよりも速く実行できます。
この「マウスに持ち替えて実行する」という動作が2秒だとすると、私たちはこの作業を1日1000回くらい行うことがあり得るのです。
仮に1分間に2回実行するとすれば、1時間で120回、8時間で960回の計算になります。かなり単純化して計算しましたが、大げさに計算しているわけではありません。
私はカーソル移動や文字列の選択までもマクロで実行しているので、翻訳を1日中し続けるのであれば1日に数千回もマクロを使います。
この1回の自動化により2秒を短縮できるとすれば、1000回の自動化により2000秒(=33分)の省力化が可能であると計算しました。
このような作業を自動化すると、作業のために思考を中断することがないこともポイントです。業務効率化においては、割り込み作業をできるだけ減らすことが重要だとされています。
私はこの生み出した30分に仕事を詰め込んでもっとたくさんの仕事をすることを提案しているわけではありません。仕事をたくさんすることも大切ですが、それ以外にも大切なことがあります。
30分で休憩をとったり、早く仕事をすませて家族との時間を作ったり、趣味の時間を作ったりすることも重要だと思っています。
疲労感も削減できます。パソコンのモニター上で細かな作業をするのはかなり疲弊します。たとえば、100ページの文書中の全角アルファベットをすべて半角アルファベットに書き直さなければならない、なんて作業はけっこう大変です。
時間が生み出されるだけでなく、気持ちの余裕が生まれたり、翻訳に必要な集中力や体力の温存もできます。
いかがでしょうか。
小さな繰り返し作業とは?
ところで、この「小さな繰り返し作業」が気になりますね。
訳文を書き始めるまでに「訳文ファイルの準備」から始まり、「原文の内容確認」、「調べもの」、「用語集の準備」など様々な作業が発生します。これは、使っている翻訳手法により異なると思います。
たとえば、「調べもの」には「紙の辞書で調べる」「PCの辞書ソフトで調べる」「ネットの辞書で調べる」「Google検索で調べる」など様々です。
調べた用語の翻訳への適用方法も、調べる手段や翻訳手法により変わります。テキスト形式で張り付けるのがいいのか、不要な文字列を削除して加工してから貼り付けるほうがいいのか、文字書式をそのまま貼り付けるがいいのか、いろいろですよね。
そして、訳文を書くという作業においては「文字入力」がもちろんあるのですが、それ以外にも類似の訳文をコピペしたり、その類似文を切り貼りして修正したりする作業もあります。
書式を合わせるためにスタイルを適用したり上付き文字や下付き文字に変換したりもすると思います。上記の通り、文書内での統一のために全角アルファベットを半角アルファベットに書き換えたりしますよね。
細分化していくときりがないのですが、私たちはこのような作業を繰り返すことにより訳文を仕上げます。
そして、細分化をしていくと、頭を使わない単純作業に行きつくことがあります。要は、何の判断もいらない作業(つまり、手順さえ覚えてしまえば翻訳を学んでいない中高生でもできるような作業)になってしまうことがあります。
たとえば、「検索対象の文字列をブラウザでGoogle検索のフレーズ検索をする」のような作業は手順さえ覚えれば中高生にもできます。
こういう「高度な(専門知識を要する)判断力のいらない作業」を自動化して時間を生み出したいと考えています。
自動化の例
このブログで紹介しているマクロはほぼすべてがこのコンセプトで開発したものです。
アクセスの多い「【Office】テキストのみ保持して貼り付けをショートカットキーで実行する」は、マクロではありませんが、作業を省力化するための操作方法です。
また、私がGoogleのコマンド検索を頻繁に使っていたことから開発をした「右クリックでGoogle!」も「Wordからブラウザへ切り替え」、「複雑なコマンドの入力」、「ダブルクオーテーションの入力」などの作業を自動化しています。
セミナーで紹介すると「わー♡」となる類のマクロには以下のようなものがあります。ほかにもいろいろありますので、「Wordマクロ一覧(用途別)」をご覧ください。
- コメントを書き出すWordマクロ(特許明細書仕様)
- 西暦を和暦にするWordマクロ
- 和暦を西暦にするWordマクロ
- ギリシャ文字をシンボルフォントに変更するWordマクロ
- 全角数字を半角にするWordマクロ
- テキスト貼り付けをするWordマクロ
ニューラル機械翻訳支援ツール「GreenT」では、以下のような自動処理をしています。正直、翻訳者がこのレベルの文字列修正に時間をかけるのはもったいないと思います。内容の確認や訳文作成にもっと時間をかけたいですよね。こういう「小さな誤訳の修正作業」も積極的に自動修正で対処しています。
- 原文の自動修正例(原文の誤訳原因をなくす)
- 訳文の自動修正例(全分野共通)
- 訳文の自動修正例(特許翻訳)
- 訳文の自動修正例(ITマニュアル)
- 訳文の自動修正例(Google翻訳)
- 訳文の自動修正例(DeepL)
自動処理は翻訳ではない
私は、自動化できるような部分は翻訳の本質ではないと思っています。上記のGreenTにおける訳文の誤訳修正は正規表現で見つけて修正できる程度のことです。
「2秒×1000回=30分」のWordマクロセミナー中に説明していることを紹介します。翻訳者ではない方は、日々の業務内容に読み替えてください。
Wordマクロは翻訳をしません。Wordマクロは作業者の力を引き出すためのものです。
ツールとの付き合い方は人それぞれだと思いますが、ツールに過度の期待をしてもしょうがないと思います。お客様の要求品質にまで成果品を磨き上げるのはいつになっても人間の役割だと思います。