以前の記事「【書籍紹介】Googleを用いた翻訳テクニック本の紹介」で紹介した書籍の著者である安藤進さんが、プロの翻訳者としてAI翻訳(Google翻訳やBing翻訳)をどう評価し、Google検索やオンライン辞書に基づいてAI翻訳をどう修正するのかを示されています。
安藤さんの他の著書と同様に、本書を読み進めることでGoogle検索の疑似体験ができますし、翻訳時の思考プロセスを追うことができる内容です。
本書では多分野における例題に基づいてAI翻訳が検証されており、それぞれの例題毎に使う検索サイトや検索キーワードなどアプローチが異なります。そのため、私たち翻訳者にとってヒントが多くちりばめられていると思います。
<目次>
基礎知識の復習に役立つ
本書で紹介されているGoogle検索やオンライン辞書ツールなどの解説があります。
私は縦線(パイプライン)の | を用いたOR検索をしたことがなかったので、今後これを使いたいと思いました。
たとえば、「【右クリックでGoogle!】オンラインの用語集を活用する 」で紹介した以下の表記は、| を使えば短くなります。
inurl:dictionary OR inurl:glossary OR inurl:jiten OR inurl:jisho
↓
inurl:dictionary|glossary|jiten|jisho
すでにGoogle検索を活用されている方も復習がてら目を通されるといいと思います。
翻訳者の知識や経験が必要
第2章・第3章では、具体的な訳文作りのプロセスやコメントの書き方例が見られるので非常に勉強になります。
英訳では動詞や前置詞の決め方において、翻訳者としての知識や経験の活かし方がわかります。フレーズ検索のヒット数を比較してどちらの表現がいいか?という作業をしているだけではありません。
表現を絞り込むために、用語を追加して検索をすることがあります。このときに適切な用語を連想できれば、適切な検索結果が得られます。Google検索での精度を上げるのは検索者自身の語学力によるということです。
また、AI翻訳だけでは誤訳がありますし、すっきりと訳せないことがありますので、それを補うのも翻訳者の知識や経験ということになります。
これはGoogle検索やAI翻訳を翻訳に活用する際に注意するところですし、私たち翻訳者が語彙を増やしたり表現を学び続ける必要がある理由だと思います。
(※機密情報は無料のAI翻訳にかけないようにしましょう。情報漏洩のリスクがあります。)
本書では、P.55での「頻発している」という表現を探すために「frequent occurrence」という名詞表現を検索する記述があります。これはこの表現を自体を知らない場合や名詞表現で検索をするという発想をしない場合には検索できないのです。
P.72の特許翻訳のクレームの英訳例においても、「ことを特徴とする」など特許翻訳の知識がないと正確には訳せません。これも翻訳者の知識が役に立つ例です。
読み手を想定した翻訳文の例
本書では日本文化を外国人に説明する前提での訳例も書かれています。ここまでくるとAI翻訳ではとうていできない観点での訳文になります。
翻訳者の付加価値提供のヒントになると思います。
文脈なしで訳文を生成してしまうAI翻訳
後半の例題ではっとさせられた箇所がありました。
AI翻訳は文脈を考慮せずに、原文を与えればそれに対応する訳文を生成します。本書では「妄想訳」と呼ばれています。
そのとおりの妄想訳なのですが、迷いなくひとまず訳文を提案してしまうこと、これは驚くべき能力だなと、今さらながら妙に関心してしまいました。
これがAI翻訳の強みですね。間違っていてもいいからすぐに訳文を提供できるということ。
もし読み手が誤訳を発見できるほど判断力や語学力がある場合には、「瞬時に提供できる仮訳」としての価値はかなり大きいです。
発明者が、海外の文献を読んで内容を確認する際に機械翻訳を活用していると聞いたことがありますが、これがいい例です。
スピードでは人間はかなわないと思います。
AI翻訳と人間翻訳の役割分担へのヒント
私たち翻訳者は全体像が見えないと訳せません。前後の文脈から意味を理解して訳文を作成しますので。
これがAI翻訳との違いです。AI翻訳には現時点では文脈の判断ができません。
また読み手を想定した訳語選びも私たち翻訳者の力の見せ所でしょう。
本書の例題を見ることでAI翻訳の強みも弱みも見えます。分野や原文の書き方によって生成される訳文の質が変わるようなので、一般論としての強み・弱みは定義できないと思います。
また今後も進化をしていくAI翻訳ですから、現時点の強みも弱みも変わる可能性があります。
そのような背景を踏まえる必要があります。
その上でAI翻訳を自分がどう活用するのか/活用しないのか、という判断をするために本書はよい材料になる思います。